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30日日曜日

 今日は…

 明治天皇祭

 プロレス記念日

 梅干の日

 システム管理者の日

 俺、昔、プロレスラーになろうと思っていた時期がある。梅干しは…んー…好んでは食べないかな。あとの2つはよくわかんない。
 今日は行方にある『なめがたファーマーズビレッジ』というところに行ってきた。で、田んぼアートがあるって言うので、傍にある、小・中と宿泊学習に来た『白浜少年自然の家』の敷地内にある見晴台からみたのが右の写真。…ん~…微妙な……(笑)
まぁ、こういうのもありますよっていう小さな小さな情報でございました。左の写真は、延々と続く芋畑です。干しイモが有名ですからね、この辺りは。田舎は田舎だけど、ちょっと土合の方とか矢田部の方とは趣が違うねぇ。他にも鹿島臨海鉄道(公式ホームページはこちら)『大洗鹿島線』の沿線、水戸の常澄つねずみのあたりにもっと大掛かりな田んぼアートがあるらしいが、これから暑い中観に行くのもなぁとかなんとか家族の中にも議論があるところですが。ここいら辺(茨城県 行方市付近)はれんこんが特産なので、この時期、たくさんの蓮の花が咲く。でもなんか、今年はピンクの花が極端に少ない。母とひよりはピンクの花を楽しみにしていたのでちょっと残念だったみたい。

 

 それから鹿嶋のホームセンター『ホーマック』に寄ってカメの水草、灯油を購入。続いて神栖市街のスーパー『セイミヤ』で母が野菜など食材を購入、以上それ以上は寄り道なしで自宅着14時。皆さん早速昼寝。俺はボケラ~っとPCカチャカチャ。俺はこれしか趣味がない。なんだかんだ言って、一番長続きしてるよな。楽器もやめちゃったし、イラストみたいなのもやめた。PC歴20年か。相変わらずブラインドタッチできないけれど(笑)。

 最近は、しばしば急に精神状態が悪くなって、レボトミン®ヒルナミン®50mg錠のお世話になることが多くて、あんまり調子よくないなぁと思いながら精神的緊張が僅かに弛緩するのを薬を飲んで待っていたり…。今この瞬間も「俺はもうダメだな。生きる価値ナシ」と心の中でその一節がわんわん響いてるようで、辛いと言ってしまえばその通りなんだけど…。俺のこの日常が今この瞬間壊れてしまいはしないかと不安というか恐怖と言うか、とにかく不快な感情がどんどん湧いてくる。どうしたものか。

 あ゛~文章が出てこない。なんか時間の経つのが早い時間の流れが速い。以降、なんか碌な文章出てこなさそうだ。終わろうかな。終わりだ。終わり。

27日土曜日 何もせず

 特に何もせず過ごした。昼にパンとおにぎり食べて、夕食は鮭のフレークをご飯に載せて食べ、アメリカンドッグ食ったら腹いっぱい過ぎて気持ち悪くなった。俺デブだけど見かけほどたくさん食えるわけじゃないのよ。「少食のデブ」と呼んどくれ。夕食後は、Linux(manjaro)をインストールして遊んでいた。こういう無駄なものが覚えられるのに本当に必要なものほど覚えられないのは何故だろう。「無駄こそ遊び。遊びこそ人生。」と誰かが言っていたっけ。

 やっとLinuxがまともにいじれるようになった。15年ほどかかった。その間にいろんなLinuxが現れ、いろんなLinuxがポシャって消えていった。最初メディアはCDサイズだったものが色々機能や見栄えの品質を上げていったらCDでは収まりきれなくなり、遂にDVDサイズになってしまった。で、最近ではいよいよDVDでも収まりきれない4.7GB超えのLinuxディストリビューションも出てき始めてこれはUSBフラッシュメモリーかDVD二層やBDに遷移していくのか、これまたちょっと恐ろしいことになってきている。そんなにサイズデカくせんでもよろし。何を考えてるんだ。

 糖尿のせいだろうか、左足の痺れというか触覚の麻痺が出てきている。サインバルタ飲んでいるのでこの程度で済んでいるのかもしれない。歩くのもめんどうだが歩かないと本当に寝たきり状態になってしまうのでどうにかしたい。

16日火曜日 診察日

 今日は診察に行くのがとてもだるくて辛くてどうしようもなかった。んー。なんかねぇ、診察自体は嫌じゃないんだけれど、それまでの心の準備が辛い。文書作成もちょっときつい。でも、自分で申し出たのだから、書かなきゃしょうがない。これも強迫観念なんだが。俺の身の回りの物事全て強迫観念で成り立っている。なにか完璧にやろうとする傾向がある。どうせできないのならそんなバカげたことしなければいいのに。精神擦り減る。人は誰しも、強迫観念めいた意思で生きている。パンクチュアリティ…時間厳守なんかそうでしょ、あれだって一種の強迫観念。あの感じをあらゆる事象でやってみな。辛いから。「30歩以内でその交差点まで着かないと俺は死ぬ」とか。「玄関の鍵が閉まっていなかったら親しい人に不幸が起きる」とかね。「そんなはずはない、馬鹿げている」と思っても変なイメージが暴走して止まらなくなって、最終的に強迫観念に屈してしまい、強迫行為で強迫観念を解消若しくは、せめて軽減したがるのだが一度屈したら最後、どこまでも強迫観念は追いかけてくる。

18日金曜日

 昨夜はずっとFreeBSDのデスクトップ環境構築に勤しんでおり、結局何回やってもうまくいかないので不貞腐れて座椅子をロッキングチェアのようにフーラフーラさせて天井を睨みつつ、サー・トーマス・リプトンのアールグレイを飲み、少しリラックス。ベルガモットはホント、脳の古い箇所から心にじんわりと入ってくるね。

 俺は割と嗅覚が敏感で、「ハシモトくんの家の匂い」とか「シノヅカくんの口臭」、「ペット店『太平洋』の匂い」とか結構対象の記憶とセットになって覚えている。今この部屋には寄せ鍋の匂いが漂っている。今日の夕食なのだろう。

 今、帰宅した妹から『KANRO 音楽大学との共同開発ボイスケアのど飴』という飴をもらって舐めているんだが、かなり個性的な味。薬臭くて好き嫌いがはっきり別れる味ですね。

 只今母登場。「ひよりちゃんの提案で急遽雑炊にします」とのこと。俺は冷えた雑炊が好き。熱いのはあんまり好きじゃない。熱いとか、辛いとか、骨があるとか、食べにくかったり、味が(熱かったりして)はっきりわからないものは得意じゃない。辛いといってもカレーは好き。カレーでも辛くないバーモントカレー甘口かな。美味いよ、ウチのカレーは。

 夕食終わり。あー食った食った。昨夜の残りのカレーがまだあるけどもう食えない。

 あれ?糖尿の薬が半分どっか行ってしまった。なんだよ来週なのに…一週間どうするんだよ。

 あ~あ。HA1c値が高いんだろうな次回は。

 この家は、俺、家族双方がある面で折れることで平穏を保つようにできている。妥協というのかねこういうの。だったら世の中の皆さんそうだろうね。普通の事か。なんだ面白くないね(笑)。

 俺また、FreeBSDやるのかなぁ…なんか、怖くなってきた。けれどやるんだろうなぁ俺のことだから。粘着質(笑)。誰かFreeBSD11.0でNVIDIAのドライバを動かす作業教えてくれ~。

17日木曜日

 すっかりFreeBSDのnvidiaドライバのところで躓いてしまい、作業が捗らん。日記も更新頻度が下がっていてわざわざ読みに来てくださる善意のお客様には大変申し訳ない。

 なんか…黒地に白い文字が流れるのを見ながら、俺、何やってんだろ。普通に暮らしていたらおそらく俺の触覚には引っかからなかったであろうFreeBSDでの作業。

 高校生の頃、今俺の座っている位置には、TAMAのSwingStarのジェットブラックカラーのツーバスキットが置いてあった。この部屋のこの場所は多分俺の趣味が居付く何かがいるのだろう。PCは極々上っ面なものだからあんまり挫折とかないんだけど…まぁ「UNIXが使いこなせない、セッティングが上手くできない」みたいなのはあるけれど、音楽みたいに一定の水準以上に達してしまったもので自分の体や精神にまで深く浸潤してしまったものを、根っこから分離しようとしても不可能に近い。化学療法も放射線療法もおそらく効かないであろうものを無理やり引き剥がしても、髭根のような残骸が患部にひっついて残ってしまう。残骸は何度でも成長を繰り返す。根治は多分不可能。

 スタンバっていないところで急にバンド関係の諸々が感覚器を通じて脳に入ってきた時、俺は体を固くして身構えるだろう。それさえパスしてもっと奥深くに入ってきた時、血管は収縮し、瞳孔は散大し、冷や汗、吐き気を催しながら小刻みに震えてその発生源が去り、情報が蒸散して消えていくまで、固縮しているのだろう。そういう時はまた、音楽で、逆位相の音波によって打ち消すのだ。それはビートのない、ヒーリング・ミュージックによって。ビートが刻まれた音波が耳に達すると、両耳を抑えてその場にしゃがみ込むのだろうな。かつて、自分で作っていたもののせいで。

 だから今は、クソ難しいコンピューターシステムの構築をやったり、ドライブに行ったりして「あれ」から逃げているのだ。まる二日の作業多分今日も続くのだろう。できるまで。でもちょっと、休む。ネットを泳ぎにゆこう。(1時24分)

 

13日日曜日

東洋経済オンライン 箕輪 厚介・記 『「ネットいじめエンタメ」が日本をダメにする 知性のない「正論」で誰かを攻撃しても不毛だ 』より抜粋。


 私は「正論」が嫌いだ。就職試験のエントリーシートに「あなたの座右の銘を教えてください」という欄がある場合には「正しいことより楽しいことを」と書いていた。「正しさ」は警察や裁判官、政治家、ジャーナリストなど立派な人たちに任せ、ひたすら「楽しさ」を追い求めることで、世の中をより多様でより面白くする編集者になりたいと考えていた。

 編集者として仕事をする今は、ぶっ飛んでいたり、社会の異物のような人間を日々探している。しかし、最近はかつてのホリエモンのような、面白い「暴れん坊」がいなくなったと感じている。それは、現代の日本で、気色が悪いほどに「正論」があふれていることが原因ではないか。

SNS上にあふれる「正論テロ」

 今日もツイッターなどのSNS上では、学級委員ズラをした人たちが、悪さをした人間を吊し上げ、徹底的に追及する。ベッキーさんの不倫が報じられた時がいい例だ。「ファンを裏切った」「不倫はいけない」「奥さんの気持ちを考えろ」など、反論の余地のないごもっともな意見で他者をバッシングする人が現れる。

 たとえ、おめでたいはずの結婚のニュースであっても、それが「できちゃった婚」の可能性があると分かった途端に、「ちゃんと順番守ろうね」「恥ずかしいですね」といったコメントがあふれる。ただ、はっきり言って、「不倫」や「できちゃった婚」など、彼らの人生にはまったく関係ないはずだ。

 しかし、自分より幸せそうなタレントや政治家、人気企業が、少しでも世の中の正義や倫理から外れたことをすると、絶対に見過ごさない。この一連の「中世の魔女狩り」ならぬ、現代の“正論テロ”は、ターゲットが「降板」や「活動休止」、「辞任」など具体的な痛手を負うまで、収まることは決してない。

 はっきり言おう。彼らに確固たる信念などはない。ただ人気者や権力者が叩かれるさま、落ちていく姿を、「エンタメ」として見てみたいだけなのだ。そして、巧妙でタチが悪いのは、彼らが「正論」を武器にしているところである。

 「正論」には、誰もかなわない。誰が聞いても正しいことを言っている人を、取り締まることはできないからだ。ゲーム感覚で人をおとしめようという彼らだが、残念ながら主張だけ聞くとまっとうといえる。「不倫はいけないことですよね?」と言われてしまえば、誰も何も言い返せない。

 しかし、考えてみて欲しい。バッシングのための「正論」なんかには、何の価値もない。新たな価値創造をしているわけでもなく、ただ誰もが知っているルールを、我が物顔で言っているだけだ。

 最近は、資生堂インテグレートのCMで「25歳からは女の子じゃない」という表現が「女性差別、セクハラ」との批判を浴びた。女性からの批判はまっとうで、悪意の「正論テロ」とは違うように思えるかもしれないが、この中には「正論テロリスト」が間違いなく紛れ込んでいる。彼らは、何でもかんでもケチをつけて、一流企業が慌てふためく姿に快感を覚えているだけなのだ。結果的にこのCMは放送休止に追いやられた。

「正論信仰」がすべてをつまらなくする

 「正論テロ」は、「凡人」が努力もせずに、何者かになったという幻想に浸れる、コスパのよいエンタメなのだ。本来、「凡人」が何者かになるには、圧倒的努力と実績が必要だった。しかし、SNSがある今、スマホ片手に「正論テロ」を起こし、人気者をたたき落とすだけで手軽にそうした感覚が味わえる。

 しかし、実際には何の価値も生み出さない行為であり、こんなものが蔓延している限り、この国はますますつまらなく、小さくなっていくだろう。だからこそ、まずは自らの信念を持って行動し、「正論テロ」なんかに惑わされない態度でいることが大切ではないだろうか。

 日本では小さいころに親から、「みんな我慢しているのだから、あなたも我慢しなさい」と教えられ、インドでは「あなたも迷惑をかけるのだから、相手の迷惑も受け入れなさい」と教えられると聞いたことがある。日本人のモラルの高さは誇るべきところだが、それが行き過ぎると息苦しい監視社会のようになり、多様性が失われていくだろう。

 「正しさ」の徹底は危険だ。なぜなら、そこからハミ出す他者を認めないからだ。自分が正しくあろうとするのは立派だが、それを人に押し付ようとした瞬間、暴力になる。戦争はどちらかが悪だから起こるのではない。お互いが自分の「正義」を主張し合った末に起こるのだ。われわれから見ればIS(イスラム国)は「悪」だが、イスラム国から観たら我々が「悪」であり、この戦いはどちらか一方を物理的に潰さない限り、答えは出ない。

 誰もが自警団のようにパトロールし、悪事に目を光らせる社会では何も生み出さない。みなが揚げ足を取られないように、表通りを歩くのを避け、引きこもるようになる。しかし、社会を変えるのはいつだって、常識に囚われない変人である。「イノベーションが必要だ」というセリフはそこかしこで聞かれるが、まずは「正論」信仰をやめるべきではないだろうか。(おわり)

5日土曜日 顛末

PC中身 ここのところ更新が滞り気味なのをお許し下さい。なんていうか、自分の趣味嗜好の機械いじりやシステム構築などに没頭するあまり日記のページを開くことが減っていました。まぁ、書いたとしてLinux、BSD、SolarisなどのUNIX群の専門的な用語の羅列となる日記になることは目に見えているのでできるだけ備忘録としての用途以外には使わないでおこうと思いましたが、まぁ、これも俺の一部、文を書いて金もらってるわけじゃなし、そのため遠慮をして表現を和らげることはしたくなしあまり世間様に屈服する必要もないので、まぁ好きに書いていきます。

 事が起こったのはUNIXマルチブートの作業をやっていた時だった。Windows10に戻って日記でも書こうと思って『Manjaro Linux Deepin』からWindows10に戻ろうとすると『Manjaro』がGRUBを書き損じたのかMBRが起動せずエラー。システムドライブだけ接続してfixbootとfixmbrやって起動すれば普通に起動する。でもHDD全部繋いで起動させるも起動しない。もうこれは解決不能と思い最後の手段にC/Dドライブが入っているTOSHIBAの2TBドライブを残して全てのドライブを一つずつ外す、設置する(SATAケーブルを抜き差しするってことね)して起動というのを繰り返してみると、一番新しい(一番あとに設置した)シーゲイトの2TBのドライブと組み合わせた時にダメになる。予備機のウエスタンディジタルの青箱の2TBドライブをつけてみたら何でもなく動く。…ちっ…シーゲイトかよ…シーゲイトってあまりいいって話聞かないんだけどやっぱりその程度のものかなぁ。予備機使いたくなかったんだけど…。よし、じゃぁこのWDの青箱を、時節でもあるしこう名付けよう。その名も『ひまわり9号』!お金に余裕がある時にでも、予備機買っておかないとな。いつダメになるかわからん。東芝か日立かWDがいいかな。シーゲイトはやめとこう。

 しかし…ユーザーにこれだけの労力を求める電化製品ってのも、なんかね。まぁ、俺みたいな使い方を想定してはいないのだろうけれど。やってないよね普通。こういう馬鹿げた使い方は。

11月1日 火曜日今日も

 今日も人生についてしみじみ考えることもなく、延々とパソコンを弄ったりしてるんだが、俺はパソコンを使って何かするというよりも、パソコンOSの再インストールだったり入れ替えだったりシステムを主に使っている。これSEっていうのかな(笑)。パソコンを、如何にして究極の便利家電にするかを考えてる。その途中途中で基幹OSのWindows10に戻ってきて日記など書いたりしている。うーん、BSDに手を出しちゃったもんで、また作業が増えた。そして、プライマリーパーティションにしかインストールできないBSDの為に環境を整えるため、500GBのHDD2基と2TBのHDDを1基、真っ更にした。これから、40システム前後のUNIX(Linux、BSD、Solaris、etc)をインストールすることになるが、先行き考えると鬱々としてくるので、あまり根を詰めずに進めたい。無理なんだろうな、「根詰めず」か…。

 しかし、11月になってしまったよ。エアコン生活だったので、今夏もそんなに発汗もなく、日照が少ないこともあって「夏だ元気だ」という感じでもないうちに晩秋。なんか、パソコン雑誌を待ってるうちに一ヶ月が過ぎ去っていく感じで、「何なんだこの生き方は」と自問せざるを得ない。

 台所に行くと、ゴキブリがいた。気温が低いためか幾分動きが鈍い感じで「しっかしグロテスクな生物だ」と一瞥し、見なかったふりをしてその場を去る。なんでかというと、スリッパでひっぱたくと中から変な色の内臓が露出し、汚いので。かかわりたくないの。そんなくだらない生活を今、送っている。

 幾分寒くなったのだろうか、みんな冬の装い。うちにも反射式石油ストーブがお目見えした。というのに俺は縞々の短パンを穿いている。傍らには、ジャージのズボンが畳んであるのだから、それをほんの一手間で穿けばいいのにさ、縞々の短パンだよこの男は。寒くはない。俺は体温高いので。

 今、俺の周りには、DVD-Rが散らばっている。UNIXで使うDVD-R。104枚収納のCD、DVDバッグを買ってきて、ケースのないスピンドル販売のCD、DVDを収納している。

 俺の部屋は大きい黒いコンテナーボックスが3つあって、そのおかげで、比較的片付いているが箱の中はどうなっているかというとメチャクチャである。これを目隠ししただけ。押し入れ収納みたいな半透明の箱だと片付いた感じがしないが不透明の黒だと割と良い。それから、判断を間違えて、半端もののCD-R(W)やDVD-R(W)を収納するケースとして買ったものが半透明なのでこれをちょっと改善せねばならん。CD・DVDのケース然とした不透明なものでもいいし、この際黒いコンテナーボックス買い足してもいいかも。写真掲載してもいいんだけれど、生憎カードリーダーが故障して取り込めない。まぁ、USB接続で取り込めないこともないんだけれど、端子が貧弱で壊れると嫌なのでできるなら使いたくない。このデジイチ(EOS kiss Digital X)は非常に古いので記録メディアはCFカード(コンパクトフラッシュ)である。SDが主流となった現在を思えば隔世の感がある。

 明日14時40分~16時まで、ひまわり9号打ち上げの動画が配信される予定。

 はぁ…。股関節が痛い。あまり長文になってもなんなのでね。今日はこれで終わる。(23時47分)

27日木曜日 その二

昨夜からずっと起きていてずっとGhostBSDにかかりきり。目が痛い疲れたやめればいいのにやめられないとまらないのかっぱえびせん状態だ何についても俺はこう。昔バンドをやっていて「ドラム上手い」というありがたい言葉を多数頂いたのは「できるまでやる」という俺の欠点というか能率効率無視した量的鍛錬の賜物。理屈だけではできないこともある。というか結構そういうものが多い。固執するというか粘着質。これも何かの障害の一種なのかもしれない。俺には判りかねるが。経験値というのが役に立つことがある。このGhostBSDにしても7、8回の再インストール状態だがなんとなくわかってきたような。基本コマンドは徐々に覚えつつある。UNIXの系統だからまぁ、Linuxと類似点・共通点あるんだけど、まったくなかったらクソ難しいからFreeBSD陣営側もそこんとこ大人で「長いものには巻かれろ」の精神で、Linuxソフトを動かせる仕組みにはなっているようだが。ここまでユーザーフレンドリーになっている。一方NetBSDは今のところ、そんなにユーザーフレンドリーではないような印象だが、もっと深みに嵌ってみると別の世界が見えてくるかもしれない。HDD3基に2つずつの基本領域、計6基本領域にBSDをインストールさせるつもりでいる。  まず初歩的つまづき


# pkg install zh-fcitx ja-fcitx-mozc zh-fcitx-configtool

で、pkgの指示通り~/.xinitrcに


export GTK_IM_MODULE=fcitx
export QT_IM_MODULE=xim
export XMODIFIERS=@im=fcitx
/usr/local/bin/mozc start
fcitx -r -d

という具合に書いとけばまぁ、テキストエディター日本語入力できるが、問題は一般のミーハーギーク が一番使うと思われる「ウェブブラウザで日本語入力」ができない。今のとこFirefoxでしか確認していな い が、他の、テキストエディターなどでは日本語入力できるのになぜできないかなー。 昨日から寝ずにやっていて、今まで寝てないからもうほんと目が疲れた。少しGhostBSDからちょい離れ、別OSの様子を見て何かヒントを貰えば何かフィードバッグできるかも(?)

22日月曜日

 tab今日もなんだか、生きてるんだか死んでるんだかわからないような活動だった。昨日妹のスマホが壊れたのでドコモショップで機種変更してきたんだが、口車に乗せられたのかもしれないがタブレットを持って車に戻ってきた。戻ってきたっていうか、10時ぴったりに朝一で行ったのに五時間六時間待たされるってどうなんだろう。ま、それは置いといて、タブレット。「私、使わないから使ってて」と言う。いきなりアンドロイドデビュー?ガラケーすっ飛ばして?うーん、いじってみたんだけれどね、どうなの?っていうか、いいんですけれどもんー。パソコン以上のことができるわけでもないし、携帯・スマホ以上のことができるわけでもない。アプリも入れては見ましたさ。うーん…って感じかなぁ…。まぁ、その魅力を見つけられたら、それはそれで、一種の幸せでしょうね。

30日月曜日

prompt1prompt2

 土、日、月と間が空いて結局なんだ、NetBSDの作業をしていた。多少苛ついていたかな。この意味不明の英数字記号に。なかなか上手くいかねぇもんだ。

24日火曜日 入り口違って出口は同じ

 朝まで"NetBSD"と格闘していた。未だ克服ならず。"NetBSD信者"には鼻で笑われるだろうが、"GNOME"デスクトップ環境を構築しようと思っているのだ。cinnamonでもXfceでも良かったんだが、取り敢えず目についたのでGNOMEにしてみようかということにした。が、なんかねぇ、できないんだよ上手く。人生何事も上手く行くと思っていたら大間違いで、まぁ、そういうことなのかななどと思っている。「なんでpkg_addが通らないのよ?」と未明というか早朝というか変な時間にぼやきながらパソコンに向かっていた。あるかたによると、GNOMEのコンパイルに2日かかった(!)という。そんな悠長なことしてられない。まともに動くのはこのPCしかないのよ。バイナリで済ませたいんだけど。こないだ譲り受けることとなったノートPCも使ってるうちに挙動不審になり、フリーズが多発して、もはやソフト的云々とは言えない、つまりハードウェア的におかしくなっているんだな、プロセッサ、メモリ、ストレージ、まとめて交換しないと多分ダメなんだなというか、「買ったほうがはぇーじゃん?」レベルの状態。結構、「部品取り用」の機械に近いというか。これを譲ってくださったかたも、敏感にそれを肌で感じ、俺に託してくださったのだが、ハードウェア的な問題となると、要は経済の優劣と直結しており、まぁ俺にはどうにもできない。今はなんとかウェブサイトを閲覧するくらいはできているが、ちょっとタブを多く開いたりするともうフリーズである。如何ともし難い。ちょっとそれじゃストレスフルなので、NetBSDは小休止。というわけでWindows10を立ち上げてこれを書いている。いやぁ、なんだかんだ言ってもWindowsだね。まぁ、アンチWindowsの人も、いやぁ、なんだかんだ言ってもMacだねって感じだね。なんで『WindowsXPサポート切れ禍』の時、UNIXのシェアが上がらなかったか。こんなめんどくさくてギークしか手を出さないような作業満載で普通使おうなんて思わない。だって、ユーザーフレンドリーを拒絶してるんだもんUNIXは(まぁUNIXでも最近のMacは別らしいが)なんか、UNIXの人たちってなんか「頭よさげ」「インテリゲンチャ」を誇りたいみたいな感じ、ない?俺はそれに腹が立って、おーいいじゃねぇか、やってやろうじゃねーかUNIXとやらをよ、と、主にLinuxをいじってきたんだが、Linuxも主にUbuntu(Debian)系、Fedora系、他Gentoo系、Arch系、デスクトップ作っちゃうとまぁ、似たり寄ったりなんだよね。まぁ、ベース作りではかなりめんどくさいディストロもあるんだが、Linuxはちょっと置いといて、BSD系をやったわけ。FreeBSDは割とユーザーフレンドリーだったからそのつもりでNetBSDやったら、痛い目に遭うぞ。実際今痛い目に遭ってるし。ま、誰かの指揮命令に従ってこの作業やってるんだったら結構良いお給金になるだろうね。それをアマチュアワンルームワークでやっている俺の馬鹿さ加減のナリ見らっせぇ。カネに貪欲な人はそれもビジネスにしてしまうんだが、あれ?カネに貪欲なはずの俺がビジネスにできていない。ビジネスというか、そういうマネタリーマターの嗅覚が俺にはないんだと思う。なんていうの?"友人"、"知人"というものをあまり持たないという信条からか、コネが極端に少ない。ひきこもりだもんね、この状態で"友人"、"知人"がいる事自体奇跡に近い。俺は『3人以上人間が集まるとトラブルが起こる』という法則を発見し、1対1、つまり2人を超える集いには好んで近づかなかった。(勿論男女関係という場合は2人であってもトラブルが起きるが。)3人、4人、5人…となると、2対1、2対2、2対2対1になる確率が高い。昔から俺は"友人"と遊ぶ時は2人で遊んでいた。その記憶しかない。俺が滅多に群れない理由はそれだ。コネクション欠乏は救いようがないね。俺が快適に生きようと思ったらコネなんかできっこないもの。就職の時も、周囲では親のコネだとかで結構良い会社に就職した人達もいる。ところが父はそういうことをしなかった。「潔しとしない」とかいうんではなく、(自分ではないという意味での)他人に何かを施す、という概念が父にはないのだ。自由な人だ。父がコネを使ってくれれば、俺も今頃、某SNSで幸せ自慢していたかもしれないね。自分は親のコネで会社に入ったくせして、俺に対してはこの扱いかよ。犬以下だな、俺。まぁ俺はカネに嫌われているんだよな。きっと。入り口がUNIXでも結論はまたこれだ。「俺、もう死にたいよ」ってね。(13時5分)

23日月曜日

 昨日の分の日記にも書いたが、昼過ぎまで寝ていた。起きたら起きたでうつらうつら。だるい。それなのに起きると『NetBSD』にずっぽり嵌ってしまい、悪戦苦闘、上手く行かず疲れた。寝る。(翌朝)

19日木曜日

 火・水曜日と書かなかった。ごめんなさいね(誰に?)。俺は「謝る」ことが癖になっている。昨日も妹がリビングで躓いた時「あ、ごめん」と謝ってしまった。'93年から6年かけて培ってしまった変な癖だ。世の中の悪いこと不愉快なこと全部俺のせいだと思っていれば間違いはない、というのが根にあるのだ。

 日常の閉塞感が酷く、死にたい気持ちが強くなってきたので、なにか変わったことをしようということで、ちょっと『FreeBSD』を使ってみた。何言っているかわからない、という方もいよう。『FreeBSD』というのは『OS』、言うなれば『Windows』『Mac』『Android』『iOS』のようなものであってその中の『UNIX系』と呼ばれるものの一つ。同系統の中に『Linux』『BSD』『Solaris』…というのがあって、その中の『BSD』と呼ばれるものの一種である。まぁ、初心者にすれば、こんなめんどくさいものはない。何故なら、インストールしただけでは「デスクトップ環境」つまり、皆さんが今これを見ている『InternetExplorer』『Firefox』『Google Chrome』といったものがなく、壁紙もなければツールバーもない。ただ真っ黒い画面に「#」または「$」、「_」という記号があるだけ。これがコンソールと言って、前述の記号に続いて「pkg install firefox」と入力するとfirefoxをインストールできる。が、その前の段階として、#pkg install mateや#cd /etc/X11/ #vim xorg.conf #vim .xinitrc i export◯◯ Esc ZZ exec mate-session startxなんてのを入力していく。小難しく感じられるだろうが、実際は字面ほど難しくない。慣れちゃえば別にめんどくさくもない。ただ、マシン側が計算、作業している間は待ち時間で、画面いっぱいに記号やらわけのわからんアルファベットの羅列が流れているので、実際、やってる人は待っているだけなのだが、傍から見ると、「おー何だこのヒト、小難しいことやってるなぁ」という感じに見える。慣れてしまえば別に小難しいこともないのだ。待ち時間が長いだけで。その待ち時間、Firefoxでサイトを閲覧して…といきたいところだが画面が真っ黒で文字記号羅列流れる画面なので何もできない。ということで、俺はデスクトップPCの傍らに先日譲り受けたノートPCを置き、手順を確認したりウェブサイトを見たりしている。もしこれがなければ相当厳しい。記号文字の羅列を追っていることしかできないので。

 と、ここまで書いたのだけれど、精神状態は相変わらず悪い。やはり死んじゃいたいのだ。辛い。(16時28分)

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