無題
何もない一日だった。かといって穏やかという意味ではなく。
2009年10月の記事は以下のとおりです。
パソコンに支配されているような気がする。堂々巡り。俺はすべての気力を失ってしまった。生きている理由がない。死にたい。
もう生きていたくない。
俺が死んだところで誰にも大したダメージはない。
みんな粛々と、生きてゆくんだ。
俺のことなど思い出しもせずに
ただ粛々と
だから俺が死んでも
誰にも大したダメージはない。
俺が人に影響を与えられるはずもなく
みんな清々とした顔で
毎日生きてゆく。
それぞれの家族の中で
またはひとりで
清々と生きてゆく
三日もしたら誰も俺のことなんか忘れて
テレビ見てげらげら笑っているだろう。
その程度の存在だ、俺なんて。
今日は両親は障子貼りをしていて俺は邪魔だったので部屋に閉じ込められていた。気分もふさぎこみ、今日の天気とは真逆の気分だった。つらく悲しい気分は一杯のコーヒー如きでは治らない。なんでこんなに悲しいんだろう。なんでこんなに切ないんだろう。死にたい。もう、「生きる喜び」を見出せなくなった。なぁ、俺、死んでいいよなぁ。前の彼氏も自殺だったから、こういうのは忍びないけど、この閉塞状況を打破するには自殺しかないんじゃないか、そう思うようになって前の彼氏に続いて、俺もなんてなったら忍びないのはわかってる。でも、俺はこうせずにいられないんだ。こんな悲しいさびしい世界でどう暮らせと言うんだ。君がいないこんな世界でまだ生きろと?それはちょっとひどいんじゃないの?拷問だよ拷問…死がなぜ悪いことなの?俺はもう死ぬもう限界。
今日は潮来・鹿嶋方面にドライブに行ってきた。『道の駅いたこ』に寄り、食料品を買って出発。アントラーズのクラブハウスに行ったが今日は選手の車はなかったので完全オフなのかもしれない。セブンイレブンでおにぎりとサンドイッチ、コーヒーを買って小見川大橋から続く、将来R356のバイパスになるであろう川沿いの道に車を停めて昼食。昼食後、R356を芦崎まで走ってカインズホームに。妹がレジ袋100枚組を2種類かって、犬用のウェットティシューを買った。それからそのままR356に乗って唐子町まで走り、左折して銚子大橋を渡って波崎回りで帰った。
いつもの習慣で母と妹は、ドライブから帰ってくるとそのまま夕方まで昼寝をするので、今昼寝中。妹とは仲がいいのでしょっちゅうくっちゃべっているので寝てしまうと暇。
とんかつが食いたい。
今日は別に大したこともなく、ずっと部屋にいた。書くようなことなど何もなかった。ただ淡々と、過ごしていた。至って普通。
いつも話している方々とスカイプでしゃべったくらい。コンタクトには10人近くいるが、話すのは主に二人。男性のかた、女性のかた一人ずつ。あとはコンタクトに追加したものの俺のことがお気に召さなかったようで二度とかけてこない人、そもそも忙しくてそんな暇ない人(直接の友人)。というわけでお二人との会話が日課になっている。もうひとり女性のかたがいたのだがどういうわけかちょっと疎遠になってしまった。俺が何か失礼なことを言ったのかもしれない。
俺は流暢に喋るほうではないので空白の時間が多い。それが気にならない方はかけてくれるようだ。いわゆる、「まったり」と喋るにはいいかもしれない。実際に会ってしゃべる場合は、どちらかというと表情でニュアンスを伝えるほうなので、会話だけだと空白が生じる。カメラをつければいいんだろうがお見せするような顔でもないし安いのだと写りが悪くてすぐ壊れるので少々値の張るやつを買おうにも金がない。そこまでして自分の顔を配信しようとは思わない。俺がもしいい男だったら別だが。いいルックスと、仕事と、金が欲しいがまず無理だ。あ~あ。
今日の診察で、「今回は比較的状態は良かったです。」と答えたら、「どうもバイオリズムがありそうだね。冬と夏とどちらが調子いい?」と訊かれたので、「体力的にはきついですが夏のほうが調子いいです」と答えた。「男性下痢型IBS治療薬『イリボー』」について訊いたが「そうだね、フルボキサミンはいろいろ内科薬との相互作用があって使いにくいんだよね。」と言っていた。「こちらで処方いただけるのですか?」と訊いたら「内科で処方してもらってください」ということだった。もうイリボーの話は内科でも出すまい。。内視鏡をケツから入れるのは嫌じゃ。だからもう言わない。
医者からもらっている下痢止め「ロペミン」を飲んだら結構良くなった。なんだかんだ言ってもやっぱりロペミンか。やはり強力下痢止めだけのことはある。あーでも、ストックが残っていて良かった。
他人のコピーばかりでクリエイティビティーなど塵一つほどもなかった。
それでも今は美しい過去であり苦しい過去でもあった。
俺があとどれくらい生きるか知らないが、これはずっと付いて回る事実。
俺が太鼓叩いていたということは。